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最高裁判所第二小法廷 平成8年(行ツ)28号 判決 1996年5月31日

上告人

石川県選挙管理委員会

右代表者委員長

佐々木吉男

右訴訟代理人弁護士

中村三次

右指定代理人

谷崎敏雄

外四名

被上告人

國定正重

外二〇三四名

右二〇三五名訴訟代理人弁護士

田中清一

野村侃靭

菅野昭夫

髙澤邦俊

水谷章

岩淵正明

鳥毛美範

畠山美智子

奥村回

飯森和彦

西村依子

中村正紀

川本藏石

橋本明夫

押野毅

宮西香

同訴訟復代理人弁護士

山田秀一

被上告人

坂口正雄

外一六四名

主文

別紙死亡者目録一及び二記載の被上告人らを除くその余の被上告人らに対する本件上告を棄却する。

前項に関する上告費用は上告人の負担とする。

原判決中別紙死亡者目録一記載の被上告人らの請求に関する部分を破棄する。

本件訴訟のうち別紙死亡者目録一及び二記載の被上告人らの請求に関する部分は、右各目録記載の日に右各目録記載の被上告人らの死亡により終了した。

理由

上告人及び上告代理人中村三次、同土肥淳一、同山本祝男、同野崎哲、同中山隆志、同洲崎寿光の上告理由第一点について

所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第二点について

原審の適法に確定した事実関係によれば、所論の不在者投票を行った選挙人二九三名が提出した請求書兼宣誓書には、選挙の当日自ら投票所に行き投票をすることができない事由として、単に旅行中であること又は私事用務等による旅行中であることが記載されているにとどまり、どのような用務のために旅行をしなければならないのかについては記入がされていなかったというのである。選挙期日に選挙人が投票区のある市町村の区域外に旅行中であるという事由は、その旅行が儀礼等の理由から社会通念上必要な用務のための旅行であるとか、又は当日以外に日程を変更することが著しく困難であるなどの事情が認められる場合に限り、公職選挙法(以下「法」という。)四九条一項二号所定の不在者投票事由に該当するものと解するのが相当である。したがって、右事実関係の下においては、選挙人から不在者投票のための投票用紙及び不在者投票用封筒(以下「投票用紙等」という。)の交付の請求を受けた珠洲市選挙管理委員会(以下「市選管」という。)の委員長が、右のような事情の有無について口頭の説明を求めることなく、その請求に応じて投票用紙等を交付したことは、同号及び公職選挙法施行令(以下「令」という。)五三条一項の規定に違反するものといわざるを得ない。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第三点について

一  本件選挙における不在者投票の管理執行に関して原審の適法に確定するところによれば、本件選挙においては、投票者一万七五一二人のうち合計一七一三人の者が不在者投票を行ったが、(1) 市選管では、委員長の補助職員として不在者投票の管理執行に当たった職員に対して不在者投票に関する研修等を実施することもなく、不在者投票の受付事務については経験もない職員などにほとんど任せたままであったため、受付事務を担当した右職員らは、不在者投票事由の有無について特段の関心を払うことなく、漫然と投票用紙等の交付の請求に応じており、その結果、選挙人が提出した請求書兼宣誓書の記載自体からその申立てに係る事由が不在者投票事由に該当しないことが明らかなのに受理された不在者投票が五六票、選挙人が提出した請求書兼宣誓書の記載だけでは申立てに係る事由が不在者投票に該当すると判断するには足りず、右判断をするためには請求者の口頭の説明を必要とするにもかかわらず、その説明を受けることなく受理された投票が所論第二点に係る二九三票を含め六一二票にも上った、(2) 市選管の投票記載所では、不在者投票の投票立会人として届け出られた者の昼食時などに、右の者以外の者が、適宜交代して不在者投票に立ち会い、かつ、不在者投票用外封筒に立会人として署名することがあったが、このうち一〇票については、不在者投票事務の補助執行に従事していた職員が、右事務の傍ら投票に立ち会い、署名をしたにすぎず、監視機関としての立会人の役割を十分に果たすことができない状況の下で投票がされた、(3) 市選管の委員長は、郵便による不在者投票を行おうとする選挙人に対し、市選管の記名押印のない不在者投票用外封筒を送付し、このため、郵便によってされた不在者投票一八票は、いずれも市選管の記名押印のない外封筒に封入されていた、(4) 選挙会の発表に係る林候補(当選者)と樫田候補(落選者)の得票差は九五八票であり、各自の得票数に占める不在者投票の割合は、林候補が12.5パーセント、樫田候補が6.5パーセントであったというのである。

投票は、選挙の当日に投票所に赴いて行うのが本則であり、不在者投票制度はあくまでも例外的な取扱いである上、ややもすれば不正行為の手段に利用されるおそれのあることは否定することができないのであって、それゆえに、法並びにその定めを受けた令及び公職選挙法施行規則(以下「規則」という。)は、その濫用を防止し、不正投票の混入を避けるために、その要件、手続及び様式を厳格に定めているのである。その定めるところに従って不在者投票の管理執行がされるのでなければ、不在者投票の濫用や不正投票の混入を招き、公正な選挙を実現することは困難になるものといわざるを得ない(最高裁昭和三七年(オ)第六九七号同三七年一二月二六日第二小法廷判決・民集一六巻一二号二五八一頁参照)。特に、選挙人から投票用紙等の交付の請求を受けた選挙管理委員会の委員長は、その申立てに係る事由が法四九条一項各号所定の不在者投票事由に該当するかどうかを厳正に審査し、これに該当すると判断した場合に限り、右請求に応ずべきものであって、不在者投票事由の審査義務は、不在者投票の管理執行に当たって同委員長が尽くすべき、極めて重要で基本的な義務であることはいうまでもない。

原審の適法に確定した前記事実関係によれば、市選管の委員長は、本件選挙に際して行われた不在者投票については、選挙人が申し立てた事由が不在者投票事由に該当するかどうかの審査義務を尽くしたものとはいえず、そのこと自体が、法四九条一項、令五三条一項に違反するものといわざるを得ない。加えて、前記(2)の一〇票が実質的に立会人を欠いた状況下で投票された点で令五六条二項に違反するなど、市選管では投票立会人の役割の重要性が認識されていたとはみられない上、前記(3)の一八票は、令五九条の四第三項、規則一〇条の五別記第一三号様式の七に違反するものと認められる。以上のような不在者投票の管理執行は、法が不在者投票の要件、手続及び様式を厳格に定めた趣旨を没却した極めてずさんなものであるというほかはない。そして、このようにずさんな管理執行手続の下で、全投票者の約一割に当たる一七一三人という多数の選挙人が不在者投票を行い、しかも、選挙人が申し立てた事由が不在者投票事由に該当しないことが明らかであるか、又は不在者投票事由に該当すると認めるには足りないにもかかわらず、投票用紙等が交付され、不在者投票が受理されるに至ったものが六六八票もの多数に上るというのであるから、不在者投票の管理執行に関する右の各違法が、不在者投票の濫用や不正投票の混入を招来した可能性は否定し難い。加えて、本件選挙の各候補者の得票に占める不在者投票の割合が前記のようなものであったことをも考慮すると、不在者投票の管理執行に関する右の違法は、不在者投票の全体について、その公正を疑わしめるに足るものであって、その結果についても、もしそれが適正に施行されていれば異なった結果となったのではないかとの疑念を生ずるものといわざるを得ない。そうであれば、不在者投票の総数が当選者と落選者との得票差を上回っている本件においては、不在者投票の管理執行手続全般にわたる右違法だけをとらえてみても、それは、選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあるものということができる。不在者投票の中には、選挙人が提出した請求書兼宣誓書の記載を事後的、形式的にみる限りでは、その申立てに係る事由が不在者投票事由に該当すると認められる投票もあり、事後的、形式的にみて明らかに投票から除外すべきものと判断される前記(1)ないし(3)の不在者投票の数だけでは当選者と落選者との得票差を下回るけれども、そのことによって、右判断が左右されるものではない。

二  本件選挙の開票手続に関して原審の適法に確定するところによれば、(1) 選挙会の最初の発表では、投票者数と林、樫田両候補の得票数が発表されただけで、無効票数が発表されず、参観者から無効票の内訳を質問された後である平成五年四月一八日の午後九時五五分ころに改めてされた二回目の発表によれば、投票者数が一万七五一二人、林候補の得票九一九九票、樫田候補の得票八二四一票、無効票八八票(ただし、記録によれば、この無効票の中に不受理票九票が含まれていたことがうかがわれる。)であって、投票者数よりも投票数が一六票も多かった、(2) その後、同月二〇日午後七時五〇分ころにされた選挙会の最終発表によれば、投票者数が一万七五一二人、林候補の得票九一九九票、樫田候補の得票八二四一票、無効票七七票(ただし、記録によれば、別に不受理票九票があったことがうかがわれる。)で、無効票の数が変動しただけでなく、なお投票数が投票者数を上回っていた、(3) 上告人が被上告人らの審査請求に基づいて投票の点検をしたところ、投票者数一万七五一二人、林候補の得票九一九九票、樫田候補の得票八二二五票、無効票七七票、不受理票九票であって、選挙会の発表と比べて樫田候補の得票数が一六票も少なく、投票者数が投票数を二票上回ることになった、(4) 各選挙区の投票録の点検作業は、選挙会の会場とは別の投票録審査室と称する部屋で行われ、選挙会が同月一八日に発表した開票結果をめぐって選挙会の会場が紛糾する最中に、同室に、開票事務従事者によって第一〇投票区の投票管理代理者が呼び入れられ、投票録の一部訂正を命ぜられたというのである。

投票数の計算は候補者の当落に直接つながるものであるから、その事務の執行が厳正に行われなければならないことはいうまでもないところ、右のように、平成五年四月一八日の午後九時五五分ころの選挙会の発表によれば、投票数が投票者数を一六票も上回っていたこと、審査裁決に際する点検によって樫田候補の得票数に一六票もの減少があったことに加え、投票者数や不受理票数の確定資料として重要な意味を持つ各投票区の投票録の点検が選挙会の会場以外の場所において行われ、開票事務従事者以外の第三者を呼び入れて投票録の訂正が行われたことなどからすると、本件選挙の開票事務の処理は、著しく厳正を欠いていたものというほかはない。前記の不在者投票の管理執行に関する違法にこのことも併せ考慮するならば、本件選挙の手続全般にわたって厳正かつ公正に行われたのかどうかについて疑いを抱かざるを得ず、その結果についても疑念を生ずるところである。これらの違法が選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあることは、一層明らかである。

三  以上に説示したところによれば、本件選挙の管理執行に関する前記の各違法が選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあるものということができ、これと同旨に帰する原審の判断は、正当として是認することができ、論旨は採用することができない。

同第四点について

記録によれば、被上告人らが本件裁決中主文第一項に係る部分の取消しを求めるものでないことは明らかであるから、原判決に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解しないでこれを論難するものであって、採用することができない。

なお、職種をもって調査するに、記録によれば、別紙死亡者目録一及び二記載の被上告人らは、右各目録記載の日に死亡していることが明らかであるところ、本件訴訟は、被上告人が死亡した場合においてはこれを承継する余地がなく、当然に終了するものと解すべきである。そうすると、原判決中、その言渡し前に既に死亡していた死亡者目録一記載の被上告人らの請求に関する部分は、同目録記載の被上告人らの死亡を看過してされたものであるから破棄を免れない。そして、本件訴訟のうち死亡者目録一及び二記載の被上告人らの請求に関する部分は、右各目録記載の死亡の日に終了したことを明確にするため、その旨を宣言することとする。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官河合伸一 裁判官大西勝也 裁判官根岸重治 裁判官福田博)

別紙死亡者目録一、二<省略>

別紙<省略>

上告人及び上告代理人中村三次、同土肥淳一、同山本祝男、同野崎哲、同中山隆志、同洲崎寿光の上告理由

原判決には、理由不備又は理由齟齬、及び判決に影響を及ぼすことが明らかな経験則違背、法の一般条項たる禁反言の原則、信義誠実の原則、権利濫用の原則、採証法則の違背、公職選挙法(以下「法」という)四九条、及び二〇五条の各規定の解釈適用の誤りがあり、且つ判例違反があるので破棄を免れない。

第一点 法の一般条項たる禁反言の原則、信義誠実の原則、権利濫用の原則の解釈適用の誤り

一 上告人は原審において、「被上告人自らの選挙の住所要件の欠缺、被上告人自らの違法な不在者投票、又は被上告人自らが代理人として関与した違法な不在者投票等につき、これを選挙無効の原因として主張することは、本件の如き選挙無効の訴訟においても禁反言の原則、信義誠実の原則、権利濫用の原則に違反し許すべきでない」と主張したのに対し、原判決は、「公職選挙法に定める選挙無効の制度は、個別の候補者或いは選挙人の利害を超えて、民主主義の根幹たる公明且つ適正なる選挙の施行を担保するための制度であるから被告(上告人)の主張は失当であり採用しない」と判示し(原判決一二丁目裏二の記載)、別紙一記載のとおり被上告人等自らの不在者投票四〇名及び別紙二記載のとおり被上告人等自ら不在者投票の代理請求をした四名計四四名のうち、別紙一及び別紙二の重複一名を除く計四三名についても、後記第二点で述べるように選挙の規定に違反する瑕疵ある不在者投票であるとし、本件瑕疵ある不在者投票の集計に加えている。

二 ところで、抽象的、一般的には原判決が説示するように、公職選挙法に定める選挙無効の制度は個別の候補者或いは選挙人の利害を超えて民主主義の根幹たる公明且つ適正なる選挙の施行を担保する制度とはいうものの、この制度は現実的、具体的には当該選挙の結果による当落に不利益を受けた候補者又はその候補者の支持者たる選挙人によって利用されることを予定し、またそのように訴権が行使されていることは否定し難い事実である。しかもこの制度は、一般の行政処分に対する不服申立制度と異なり、その目的を達するために限られた期間内に候補者又は選挙人の異議の申出、審査の申立て、訴の提起という手続を経ることを必要としており、この異議の申出、審査の申立て、訴の提起という手続がなければ選挙の無効原因が存在していたとしても選挙の公定力により何人も争えない状態となり、また訴の取下も自由である。また、選挙関係訴訟の中でも特に公益性の強い訴訟である総括主宰者、出納責任者等の選挙犯罪による当選無効訴訟については、かつては単純な当選訴訟と規定されていたが、現行法二一一条によれば当事者の意思にまかせず、検察官による訴提起の義務が規定されている。このことは、選挙が民主主義の根幹をなすものであり、ルールに則り公正に執行されることを不可欠としつつも、一方において選挙訴訟における公益的色彩の強弱によりその取扱を区別していることを示している。選挙は選挙期日の決定及び公示又は告示に始まり、集合的な行為が段階を経て積み重ねられ、最終的には当選人の決定に至る手続的行為であり、選挙の性質上、許認可等の通常の行政行為とは違った法的安全性、公定性が特に要求される特殊な性質を有するものであり、そのため法は選挙無効のこの特殊性を考え、一般の行政訴訟と異なるそれぞれの要件効果を定め、且つ迅速な訴訟処理のための特則を定めているのである。本件の如き選挙訴訟は民事訴訟的側面を有する、所謂訴権の行使に基づく訴訟であることを見失うべきではない。

三 選挙の効力に関し不服ある場合は、異議の申出、審査の申立て、そして最終的には行政訴訟によってのみその実現が図られているのであるが、選挙訴訟といえども権利の行使に基づく訴訟の一形態であるから、権利並びに訴訟一般に適用される原則が適用されることを否定することはできない。いうまでもなく禁反言の原則、信義誠実の原則、権利濫用の原則は一般私法の領域において発達した概念であり、公法的権利或は訴訟制度については明文を欠くものではあるが、この分野においてもこれらの原則を適用することが禁じられているものではなく、これらの原則は、権利の行使に対する一般条項となっており、今日、訴訟の領域においては講学上訴権の濫用と説明され、実務上も訴権の濫用として、これらの原則が適用されているところである(新版注釈民法(1)一九五頁)。しかも、先に述べたように選挙無効の訴権は、抽象的、一般的には個別の候補者又は選挙人の利害を超えた民主主義の根幹たる公明且つ適正なる選挙手続を担保する制度であるということができるものの、具体的にはその選挙によって不利益を受けた者がその権利を行使することを予定し、またこれによって機能していることは否定し得ない事実である。また、この権利の行使は訴の取下という形で放棄することも自由であるから、この権利が公益的色彩の強い権利であったとしても、権利一般に通ずる禁反言の原則、信義誠実の原則、権利濫用の原則が適用されることは当然である。これを本件について見るに、被上告人の一部が不在者投票事由があることを宣誓書によって宣誓したうえで自ら不在者投票をしながら、自己の不在者投票に瑕疵ありとし、更には自ら不在者投票の代理請求をし、それによって行われた不在者投票につき、これに瑕疵ありとし、これらを選挙無効訴訟の請求原因とすることは、禁反言の原則、信義誠実の原則に反し権利の濫用で許されないものというべきである。仮に、かかる主張が許されるとすれば、競争が激しく僅差で当落が決することが予想される選挙において、予め選管に瑕疵ある選挙規定の違反を誘発させておき、自己の支持する候補者が当選すれば、これを黙認し、対立候補が当選すれば、その無効を主張し得るという極めて不合理なこととなり、このような主張を認めることは選挙制度の根幹を危くする結果となり、到底許される主張ではないというべきである。因みに、この種の訴訟において当事者の一方の証明妨害につき、信義則を適用した名古屋高等裁判所金沢支部昭和五一年六月一六日の言渡判決がある(行政事件裁判例集二七巻六号八五九頁)。もっとも、この判決は第三点四4記載のとおり、最高裁判所によって破棄されているが、この最高裁判所判決もこの種の訴訟において信義則の適用を否定しているものではない。

第二点 経験則違背、法四九条の解釈適用の誤りについて

一 原判決は、原判決別紙(1)の二八五名、(2)の八名合計二九三名の不在者投票は選挙の規定に違反するとしたが(原判決一七丁表乃至一八丁表)、

その理由の要旨は

「(一)不在者投票をしようとする選挙人は、選管の委員長に対して不在者投票用紙の交付を請求するに際し、選挙当日自ら投票所に行って投票することができない事由を申し立てると共に、右申立てが真正であることを誓う旨の宣誓書をあわせて提出することを要し、請求を受けた選管の委員長は、右申立てにかかる事由が法四九条一項各号の事由に該当するかどうかを審査し、これに該当するものと認定した場合は右請求に応じなければならない。他方、選管の委員長は、宣誓書の記載自体から不在者投票の事由がないことが明らかな場合には右請求を許否し、宣誓書の記載自体からは右事由があるか否かが不明なものについては、口頭の説明と併せて右事由の有無を認定すべきである。選管の委員長が宣誓書の記載自体から不在者投票の事由がないことが明らかであるにもかかわらずこれを見過ごして不在者投票用紙等の交付の請求に応じた場合、及び宣誓書の記載自体からは不在者投票の事由があるか否かが不明なものについて、請求者に口頭の補足説明を求めずに漫然と右請求に応じた場合には、いずれも選管の委員長には不在者投票の事由についての確認義務を怠った点において選挙の規定の違反があるといわなければならない(原判決一四丁裏一五丁表)。本件についてこれを見るに―中略―別冊第一・一覧表掲記の各甲号証の記載内容を総合して判断すれば、受付事務担当者においては、不在者投票事由の有無について特段の関心を払うことなく漫然と不在者投票用紙等の交付の請求に応じていたことが認められ、市選管の委員長には不在者投票の事由についての確認義務を怠った点において選挙の規定の違反は免れない(原判決一五丁表乃至一六丁表)。

(二)(1) 別冊第二・一覧表の記載によれば被告が宣誓書・請求書の記載自体から不在者投票の事由が認められないことが明らかであるとの理由で不在者投票が無効であることを自認するものが五六票、請求者による口頭説明を必要とすることを自認するものが二六五票ある。―中略―右の合計三二一票についてはいずれも不在者投票事由の確認義務を怠った点において選挙の規定の違反があり選挙無効の原因となりうるというべきである。

(2) 不在者投票事由として法四九条一項二号は「やむを得ない用務又は事故のためその属する投票区のある市町村の区域外に旅行中又は滞在中であるべきこと。」と定めている。そして、不在者投票用紙等の交付請求者が提出する宣誓書については、公職選挙法施行規則(以下「規則」という。)九条、別記十号様式によって、職業をなるべく詳細に記載すること、法四九条一項二号の不在者投票事由についてもいつからいつまで、どこに、いかなる用務又は事故で旅行中又は滞在中であるかをなるべく詳細に記載するべく定めている。しかるに市選管の宣誓書・請求書は右規則の定めを最低限満たすべく要件が充足されているだけで「なるべく詳細に記載」するべき余白さえ十分にない(甲六三)のであるから、十二分な口頭説明を受けねばならぬ場合が多々あることが当然予想される。

以上の点を前提に判断すると、市選管における不在者投票をした者のうち、その宣誓書・請求書の請求理由中の不在理由欄の旅行に○印を付け、行先欄に単に県名、市町村名のみを記入しただけでいかなる事由で旅行せねばならぬかについての記入のない別紙(1)記載の二八五名、珠洲市以外の市町村選管における不在者投票をしたもののうち、その宣誓書・請求書の不在者投票理由の理由欄2「私事用務等による場合」の旅行に○印をつけただけで前同様旅行事由の記入のない同(二)記載の八名の合計二九三名の投票については、右宣誓書・請求書の記載自体からは不在者投票事由があるとは認定できないから、請求者による口頭説明が必要な場合であったと認められる。しかしながら、右の二九三名について市選管の委員長が不在者投票用紙等の交付に際して口頭説明を受けたとは認められないから、右の不在者投票分二九三票については選挙の規定に違反するものである」(原判決一六丁表乃至一八丁表)

というのである。

二 原判決が、右のとおり原判決別紙(1)の二八五名、(2)の八名合計二九三名の不在者投票が選挙の規定に違反するとしたのは経験則に違背し、法四九条の解釈適用を誤ったものである。

1 原判決も説示するとおり、不在者投票は、選挙人の選挙権を十分行使させるため当日投票の例外的なものとして、法四九条一項各号所定の不在者投票の事由がある場合にのみ選挙の期日前に投票を許すものであるから、不正の行われる危険も多く、これを避けるために詳細な法の定めがされているが、一方において真実選挙当日差し支えがあるため不在者投票をしようとする意欲のある者に対しては、その意思を十分尊重して、いやしくもその選挙権の行使を不当に妨げないよう不在者投票制度を時代の趨勢と現代社会の実情を踏まえ、適切に運用することが法の精神にかなうものである。

2 不在者投票の具体的手続は、法の定めるところによれば、

(一) 原判決も説示するように、不在者投票をしようとする選挙人は、選挙管理委員会に対して、自ら又は代理人を介し、不在者投票用紙等の交付を請求する際に、選挙の当日自ら投票所に行って投票をすることができない事由を申し立てると共に、併せて、右申立てが真正であることを誓う旨の宣誓書を提出することを要し、選挙管理委員会は、右の申立てと宣誓書とによって、右申し立てられた事由が法定の不在者投票事由に該当するかどうかについて判断する(公職選挙法施行令(以下「令」という。)五〇条一項、五二条、五三条一項)。右不在者投票用紙等の交付請求及び不在者投票事由の申立ては、その方式に何らの定めもないから、必ずしも書面によることを要せず、口頭によることも差し支えなく、又、右申立てが書面でなされた場合に、その記載の不備な点を口頭で補足説明することももとより妨げないと解釈されているが、口頭申立て又は口頭による補足説明を受けた場合、その具体的内容をどのようにして記録上明らかにしておくべきか法令上の取扱規定が整備されておらず、書面による申立ての場合のみを規定しているのである。

(二) ところで、昭和四五年政令第三四〇号による改正前の令五二条は、不在者投票をしようとする選挙人は、不在者投票用紙等の交付を請求する際に、同条一項各号所定の者の作成した不在者投票事由証明書を提出すべく、右証明書を提出することができない場合には、右証明書を提出することができない事由及び不在者投票事由を疎明すべき旨を定めていたのであるが、この方法では、手続が煩雑で不在者投票による選挙権の行使が事実上制限され、適正な不在者投票権が保護されないため、現行の宣誓書方式を採用し、不在者投票手続の簡素化を図り、不在者投票を行う選挙人の便宜をはかることとしたものである。

(三) したがって、現行不在者投票制度の運用、とりわけ不在者投票の事由の認定、不在者投票の効力については、現行の不在者投票制度に改正された右趣旨に則り、不在者投票をしようとする選挙人の意思を十分尊重し、その意思が生かされるよう時代の趨勢と現代社会の実情を踏まえ、適切に運用すべきである。

(四) そして現行法では、不在者投票用紙等の交付請求にあたり、宣誓書以外の書面を提出することは法令上要求されておらず、宣誓書については、規則九条がその様式を定めており、これによれば、宣誓書には不在者投票事由をなるべく詳細に記載すべきものとされているが、右不在者投票事由欄に法定の不在者投票事由に該当する事由を欠けるところなく完全に記載することを要するかについては、

(1) 令五二条の規定からも明らかなように、宣誓書は、不在者投票事由に関する申立てが真正であることを誓う旨の書面であって、「真正であることを誓う」点にこの書面の意味があるのであり、これに不在者投票事由の完全な記載をさせることを主眼とするものではないこと。

(2) 宣誓書の記載をする者は一般の選挙人であり、法定の不在者投票事由を欠けるところなく完全に記載することができる者ばかりであるとは限らないこと。

(3) 宣誓書に不在者投票事由を完全に記載することを要求することは、結局、不在者投票事由を書面で申し立てることを要求するのと同じことになり、口頭で不在者投票事由を申し立てることもできるものとして不在者投票手続をなるべく簡便ならしめようとしている右令五〇条、五二条の規定の趣旨を没却する結果となること。

(4) 右の記載が不完全な場合にそれを理由として不在者投票を許否することは、選挙人になるべく投票の機会を保障しようとして設けられた不在者投票制度の趣旨に沿うものではないこと。

(5) 記載の不完全なものについて、不在者投票事務に従事する選挙管理委員会の職員が逐一これを指摘、指導して、選挙人にその記載を補充させることは、事務錯綜する場合も多く、実際問題として実行が極めて困難であると考えられるのみならず、かえって適正を欠く場合が生ずるおそれがあること。

等の事由により、宣誓書には法定の不在者投票事由に該当することが明白な程度に記載することが望ましいとしても、そのような完全な記載をすべきことが法令上要求されていないと解すべきである(最高裁判所判例解説民事篇昭和五二年度三二二頁以下)。

3 そこで以上の点を前提に原判決が選挙の規定に違反すると認定した原判決別紙(1)記載二八五名、同(2)記載の八名の不在者投票について選挙の規定に違反するか否かについて審究する。

(一) 原判決別紙(1)記載の市選管で不在者投票をした二八五名については、原判決認定のとおり、その宣誓書・請求書の請求理由中の不在理由欄には、その旅行事由の記載がないものの、旅行に○印がつけられ行先も投票区のある珠洲市の区域外の県名又は市町村名の記載があり、別紙(2)記載の珠洲市以外の市町村選管における不在者投票者八名についても原判決認定のとおり、その宣誓書・請求書には旅行事由の記載がないものの、「旅行」に○印がつけられ、行先も別紙(1)と同様投票区のある珠洲市の区域外の県名、市町村名の記載がある。原判決は右二九三名については旅行事由即ちいかなる事由で旅行せねばならぬかについて記載がないので、右宣誓書・請求書自体から不在者投票事由があると認定できないから請求者による口頭説明が必要な場合であったのに、市選管委員長が不在者投票用紙等の交付に際し、口頭説明を受けたとは認められないので右不在者投票二九三票については選挙の規定に違反するというのである。

(二) しかし乍ら、市選管が不在者投票の宣誓書・請求書については、規則九条別記十号様式に準じその職業や不在事由の用務についてなるべく詳細に記載させることは望ましいことではあるが、右規則及び様式は、同条の「準じて」という文言及び様式の備考欄の「なるべく詳細」という記載にあるとおり、選管に対する努力義務を定めたものと見られるのであるから、選管は各地の実情に応じ法の趣旨に反しない様式によるべきが相当であり、この様式の不遵守がただちに違法となるべきものではないことはいうまでもない。

(三) 今日プライバシー概念の発達により、不在者投票制度のためとはいえ、行政委員会たる選挙管理委員会といえども職業や旅行目的を詳細に申告させることは時代の趨勢に逆行するものといわざるを得ない。即ちプライバシーなる概念は比較的新しい生成途中の概念で、わが国において国民一般に意識されるようになったのは、昭和三六年に所謂小説「宴のあと」に対し、プライバシー権の侵害であるとして民事訴訟が提起されてからであるといわれているが(逐条解説個人情報保護法第一法規新訂版一八頁)、プライバシー権は、「宴のあと」の裁判に始まる一九六〇年代のプライバシー権の認識の時代より逐年発達し、プライバシー権の制度化の提唱、市段階における個人情報保護条例の制定、個人情報保護法(昭和六三年法律九三号)の制定、都道府県段階における個人情報保護条例の制定という過程を経、個人情報保護制度の実現時代を経て今日に至り(ジュリスト増刊情報公開個人情報保護八頁以下、一九九四年五月刊)、個人プライバシー権の保護制度はその他戸籍謄本、住民票等の公開の制限等の法制度の整備等と相まって(戸籍法一〇条三項、住民基本台帳法一一条四項、同法一二条四項)、その保護が整備されつつある。もっとも、不在者投票の宣誓書・請求書は一般に公表されるものではないが、本件の如き訴訟となれば、白日の下に公開されることになるものであり、このような見地から見ても、不在者投票における職業や旅行目的の詳細な記載やこれに対する詳細な口頭説明、例えば旅行事由として「求職」とか「見合い」などの事由を開示させるが如きは、プライバシー権の侵害になりかねず、時代の趨勢に著しく逆行するものというべきである。

(四) また、「職業や不在事由をなるべく詳細に記載させる」といっても、何をもって詳細というか必ずしも明確でない。例えば職業についていえば、なるべく詳細といってもその限度が明確でない。今日職業といっても多種多様であり、この地方において農業或いは漁業といっても専業農家や専業漁業は少なくそれぞれ兼業者が多く、選挙人が自らの職業を詳細に書くことは望ましいことであるにしても言うは易く行い難い。また不在事由についてもその旅行の事由を詳細に記載させることは望ましいことではあるが、旅行目的も多種多様であり、これを選挙人に詳細に記載させることは技術的にも困難である。しかも、以上のことは職業や旅行事由を口頭説明させる場合においても同様な隘路があり、十全を期することは甚だ困難であり、しかも、多数の不在者投票者が一度に来場した場合には更に困難となり、職業や旅行目的につき詳細に記載させ、或はこれについて担当者が根掘り葉掘り聞き糾すことは、選挙のイメージを暗くさせ、口頭説明につき記録化が求められていないといえ、不在者投票制度の簡素化のため改正された法令の趣旨に著しく反し、また不在者投票者の投票意欲を減殺させ、選挙権を広く行使させようとする不在者投票制度の趣旨に反し、ひいては、一人でも多くの有権者が民主主義の基盤である投票に参加し、選挙を明るく行わせようとした趣旨にも反する結果となる。

(五) 原判決は、宣誓書・請求書に旅行と記載してあるだけで旅行事由の記載のないものは、口頭説明により旅行事由を確認しないかぎり不在者投票事由を認定できないというのであるが、選挙人と雖も選挙当日でも選挙人が属する市の区域外に旅行しようとする事由は尊重すべきものである。特に本件選挙の投票日は日曜日であり前日の土曜と週休二日の中の一日であって、季節的にも市民が旅行等を計画するに適した日である。今日、国民は余暇を旅行に費やす事例が多く、平成元年の総理府の調査によれば一年間に一泊以上の旅行をした者は六割にのぼり(平成元年一二月二五日発行総理府広報室編集日本人の余暇と旅行)、また総理府編平成六年版の観光白書によると本件選挙のあった平成五年における国民の宿泊を伴う国内旅行だけをとっても、その回数は一人当り2.73回となり、国民全体では延べ約三億四千万回と推計されており、旅行は国民の生活の重要な一部となっているのである。

もっとも、旅行の目的は千差万別であるが、行政実例によれば、かつては「家族旅行、慰安旅行、観光旅行等は一般に物見遊山の類として用務性がないとして、その日程又は計画の変更が困難であるなどやむを得ない事情がある場合でも不在者投票事由に該当しない」とされ、また同旨の判例もあったが、一般社会生活の変遷の実情により、昭和三四年五月二三日自治丙選第四三号自治庁選挙局長回答などによって次第に緩和されてきている(昭和三八年一〇月二一日自治省丙選第三一号自治省選挙局長通知)。即ち、最高裁判所第三小法廷昭和五六年七月一四日判決(判例時報一〇一八号六九頁)によれば、家族旅行、慰安旅行でも法四九条一項二号所定の不在者投票事由にあたると判示されており、平成五年七月自治省選挙部編「不在者投票事務ノート」、(甲三二号)一五頁以下によれば法四九条一項の二号事由の選挙人がやむを得ない用務又は事故のためその属する投票区のある市町村の区域外に旅行中又は滞在中であるべきことについての例示として

(1) やむを得ない用務の認定範囲のうち、選挙期日にわたる観光、参拝等の旅行については、予め日程が定められ、すでに乗車券が入手され、旅館の予約が行われている等その計画を変更することが困難な場合には、該当する(昭和三八.一〇通知)

(2) 宮中奉仕団(奉仕日が指定されている。)として旅行する場合(昭和三三.五質疑)

(3) 所属投票区のある市町村の区域外の病院等に入院加療中の歩行可能な選挙人は本号に該当する(昭和二六.四実例)(但し、歩行が著しく困難な者は、三号事由。三号事由の場合は病院は市町村の区域内でもよいことになる)

(4) 協同組合員が、旅行貯金を積立てて他県の状況視察のための旅行をする場合(協同組合幹部の引率者については1号事由に該当する。)(昭和三三・五質疑)

(5) 子弟の修学旅行に、父兄が付き添って旅行する場合(昭和三三.質疑)

(6) 彼岸、命日等に墓参に行く場合

(7) 新婚旅行に行く場合

(8) 旅行同好会が、積立金により旅行する場合

(9) 会社(事業所)の行事としてのレクリエーションに従業員が参加する場合

(10) 商店街でくじの当選者を旅行に招待することとなっている場合

(11) 高校野球大会に関係市町村の後援会会員が応援に行く場合

(12) 農協連合会の企画でその組合員が、先進地視察旅行をする場合

(13) 団体の定期総会に出席のため各県の代表者が参会する場合

(14) 病人看護のため他の市町村に滞在している場合

等を掲げている。

また平成五年版選挙管理事務テキスト(自治省選挙部編第一法規刊)九四頁によれば

(1) 選挙人が、投票の当日、大学のクラブ活動のため、その属する投票区のある市町村の区域外に滞在中であるという事由は、法四九条第二号に該当する(昭四二、五、二二実例)

(2) 選挙人である祖母が、投票の当日、孫の七.五.三の宮参りのため他市町村に出て行くため投票できないという事由は、法四九条第二号に該当する(昭和三九、一〇、二八実例)

のような場合も不在者投票事由として掲げている。

(六) 以上の如き不在者投票事由の認定に関する判例及び行政実例に基づく運用の実情によれば、旅行のほとんどを不在者投票事由とする運用が行われているのであるから、不在者投票事由につき証明書主義から宣誓書主義に制度が改正されたこと、プライバシー権の生成発展によるプライバシー権保護の立場及び今日の選挙人の旅行の実情等、社会の変遷によりすれば、不在者投票事由として単に旅行として記載してあるだけであっても、その記載そのものにより当日やむを得ない用務のためその属する投票区のある市町村の区域外に旅行中であり、それに加えて選挙人が宣誓していることと相まち、特別の事情のない限りこれを尊重し不在者投票事由ありとして不在者投票をさせることが不在者投票制度の法の精神にかなうものというべきである。

以上詳述のとおり、原判決認定にかかる原判決別紙(1)記載の二八五名、同(2)記載の八名計二九三名につき不在者投票事由なきものとしてこれを無効とした原判決は現在社会の変遷及び社会の実情を全く無視したもので、今日の社会の経験則に違背し、かつ法四九条一項二号の解釈適用を誤ったもので、この点においても原判決は破棄を免れない。

第三点 理由不備又は理由齟齬の違法、経験則違背、採証法則違背、法二〇五条の解釈適用の誤り並びに判例違反について

一 原判決は、本件選挙の不在者投票の管理執行並びに開票手続の管理執行の各一部に違法があり、その違法が選挙の結果に異動を及ぼす虞ありとして本件選挙を無効としたが、

その理由の要旨は、

「1、 不在者投票の管理執行に関しては、不在者投票事由の審査に関する違法ありと見られる不在者投票が六六八票ある外、不在者投票の立会に関する違法一〇名、郵便による不在者投票の処理に関する違法一八名(原判決一八丁表ないし二二丁表)計六九六票より重複分四票を控除した計六九二票について不在者投票の規定に違反すること(原判決二六丁裏)、そのほか市町村に転出していた二名につき不在者投票をさせたが、転出の事実を知り、不在者投票の中よりこれを除外し、該当の投票区に送致しなかった違法、及び愛知県西加茂郡三好町で不在者投票をした一名に関する不在者投票に関する市選管受付事務の処理の違法(原判決二二丁裏乃至二六丁裏)があった。

2 開票事務の管理執行に関しては、谷内口選挙長は、平成五年四月一八日午後九時三六分ころ、林候補九一九九票、樫田候補八二四一票、有効得票合計一万七四四〇票とする発表を行い、林候補が当選した旨の宣言をしたが、参観席から無効投票の内訳を質されて、初めて開票総数が投票者総数を上回っているのを知ったが、開票管理者は、開票総数と投票者総数が一致するか否かを票の点検に入る前に確かめ、一致しない場合にはその原因は何かをできるかぎり明らかにしておかねばならないのであり、谷内口選挙長には安易な当選の宣言も含めて、開票手続の根幹において誤りがあった(原判決二八丁表裏、三一丁裏)。また、各投票所から投票箱と共に送致されてきた投票録、選挙人名簿の抄本等は公正を担保する形で厳重に保管されねばならず、一旦これらの点検をせねばならぬ事態が生じた時には、右は開票事務に当たらないとはいえ、開票事務と同じか、これに準じた公正が担保される形で実施されなければならないが、本件では右投票録等は、「投票録審査室」との表示はされていたとはいえ、誰が責任者で、誰が鍵の管理をしていたかも明らかにしえない部屋に保管され、事務従事者らが同室に閉じ籠もり、開票事務に関与する権限のない第三者まで呼び込み、これらの点検作業を継続した。閉じ籠もるに至った一半の責任は樫田候補側の支援者にあった事情を斟酌しても、なお公職選挙法の基本理念である選挙の公明且つ適正の原則に著しく反するものである(原判決三二丁裏)。

3 選挙の結果に異動を及ぼす虞については、本件選挙において、不在者投票に関しては、もっとも慎重さが要求される不在者投票事由の審査において、適切な口頭説明を求めず、事実上、宣誓書を提出させるだけで、いわばフリーパスに近い形で受付がなされていたこと等先に判示した違法行為のいずれをとっても、その選挙の規定違反は、不在者投票制度に対する初歩的且つ基本的理解とこれに対する選管の役割に対する理解の欠けた結果と認められること、このことは開票手続の管理執行に対する選挙長はじめその事務従事者らの規定違反行為についても同様に認められ、これらの違反は選挙の公正の理念を著しく阻害したと認められること、本件不在者投票事由の審査を中心にして、極めて慎重に認定判断してさえ、全不在者投票者数一七一三名の四〇パーセント強である六九二票に不在者投票の管理執行に関する瑕疵が存在すると認められること、及び林候補と樫田候補の得票数の差は九五八票であるとはいえ、各自の得票数における不在者投票の占める比率は、林候補においては12.5パーセントであるのに対し、樫田候補においては6.5パーセントにすぎないことを総合して判断すると、本件不在者投票が公職選挙法の理念に従って厳正に行われていれば、原子力発電所の誘致をめぐって住民が両陣営に分かれて激しく争った本件選挙では、選挙の結果につき、異なる結果の生じる可能性があった場合にあたると認められる。よって、本件選挙は無効といわねばならない。」というのである。

二 原判決が、違法と認定した不在者投票中、上告理由第一点で主張した四三票及び上告理由第二点で主張した二九三票合計三二〇票(重複分一六票を除く)については、原判決が認定した無効の不在者投票数より控除すべきである。これを前提に原判決認定の不在者投票の違法投票数を算定するとその合計は三七二票となる。また、原判決は愛知県西加茂郡三好町における一名の不在者投票につき「三好町選管から(不在者投票用)外封筒に選挙人の署名をさせないまま送付されたものに市選管委員長においてほしいままに、川辺の署名をして有効な不在者投票として…と推認される」というが(原判決二六丁表裏)、そもそも市選管委員長はもとより、事務担当者においても原判決推認の如き事務処理をする必要が全くなく、この推認は著しく経験則に反する推認で、根拠なき恣意的推認といわねばならない。

三 更に原判決は、「林候補と樫田候補の得票差は九五八票である」と説示しているが(原判決三三丁裏)、原判決が当事者に争のない事実として説示するところによれば、「原告(被上告人)らの審査申立の段階で被告(上告人)、審査申立人及び市選管委員双方の立会の下に市選管から提出させた開票済投票用紙及び不受理票を開披し、枚数を確認した結果林候補九一九九票樫田候補八二二五票(原判決四丁裏五丁表)」とされ、またこのことは原審における検証の結果によっても明らかであり、かつ偽造投票用紙の混入、投票の抜きとりがなかったことは原判決が認定するところであり(原判決二七丁表)、結局、林候補と樫田候補の得票差は九七四票であって、原判決が両候補の得票差を九五八票と説示することは明らかに理由齟齬の違法があり、仮にそうでないとしても明らかに採証の法則を誤り事実を誤認したもので明白な誤りというべきである。もし原判決が前記上告人による検証結果及び原審による検証結果を採用せず、林候補と樫田候補の得票差が九五八票であるとするものであればその理由が説示されていなければならないが、その説示を全く欠いており、明らかに原判決に理由を付していないものといわねばならない。原判決の説示の得票差数値は市選管の発表にかかるものであると思われるが、この数値も乙一号、及び原審裁判所の検証によって明らかなように、樫田候補の得票中八四票束を一〇〇票束と誤認して計数処理したことによるものである。

選挙無効訴訟においても、候補者の得票数は選挙の結果に異動を及ぼす虞れの有無の判定に重要な要素となるのであるから、この点に関する原判決の誤りは無視できないものと言うべきである。

四 而して、仮に原判決説示のような選挙の規定違反があったとしても、左に詳述のとおり、その規定違反は本件選挙の結果に異動を及ぼす虞がないことが明白というべきである。

1 原判決のいうように、選挙無効の要件である法二〇五条一項の「選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合とは当該選挙の規定の違反がなかったならば、選挙の結果につき、現実に生じたところと異なった結果の生じる可能性がある場合をいい、現実に結果に影響を及ぼすことあるいは結果に影響を及ぼすことが確実である必要はない」と解するのが相当であるとしても、およそ選挙をやり直せば、その結果が当初の結果と完全に一致することは通常予想されないところであるが、結局選挙の結果とは当選人の決定ということであるから、選挙の規定違反が当選人の顔ぶれに異動を生ずる程度の影響を有するかどうかということ、即ち一般的には選挙人の投票に影響をあたえ、異った投票を生じしめ、ひいては当選人の決定を異ならしめる可能性を有するか否かということであるが、それにしても選挙は各関係機関の行為の集積であり、一般の行政行為とはその性質を異にするのはもちろん、その結果は選挙人団という多数の意思表示によって得られたものであるから、選挙を無効としてこれをやり直すことは慎重でなければならない(逐条解説公職選挙法平成元年版一〇六九頁以下)。

2 そして選挙の結果について異動を生じしめる可能性を判断するについては、被上告人らの主張するような全体的考察という抽象的基準によって、当落の結果に異動を生じしめる可能性があるか否かを検討すべきものとする見解には俄かに左袒し得ないことはいうまでもない。この点について原判決が「これを本件選挙についてみると、不在者投票に関しては、最も慎重さが要求される不在者投票事由の審査において、適切な口頭説明を求めず、事実上、宣誓書・請求書を提出させるだけで、いわばフリーパスに近い形で受付がなされていたことにしても、また郵便による不在者投票、安易な立会人の交代及び前記三の5の(二)、(三)の違法行為のいずれをとっても、その選挙の規定違反は、不在者投票制度に対する初歩的且つ基本的理解とこれに対する選管の役割に対する理解の欠けたものと認められること、このことは開票手続の管理執行に対する選挙長はじめその事務従事者らの規定違反行為についても同様に認められ、これらの違反は選挙の公正の理念を著しく阻害し、これに対する選挙民の期待をいたく裏切ったと認められること、―中略―総合して判断すると―中略―本件選挙の結果につき異なる結果が生じる可能性があった場合にあたると認められる」と説示するところによれば、原判決は被上告人らの主張する全体的考察の主張に影響を受けたのでないかとも見える。

3 然し乍ら、被上告人らがこの点について引用する最高裁判所第二小法廷昭和三七年一二月二六日の判決は(被上告人の平成七年九月六日付準備書面二二一丁以下)、不在者投票管理執行の違法の外、原審判決が確定したところによれば、「当該選挙の開票に際しての投票数は投票者数に比して二三票多く、町選挙管理委員会に対する異議申立段階の投票点検の結果当選者の一人の得票数が三一票少なく、他の一名が二票増加し、しかも開票に際し、投票箱より不正規の紙片が一一八枚も発見され、右紙片の投入行為に組織的集団的計画性が認められる」という事案であり、本件と事案をまったく異にする。

4 更に被上告人らが引用する名古屋高等裁判所金沢支部昭和五一年六月一六日の判決(前掲準備書面二二三丁以下)は「市長選挙における投票に関する書類の保管義務違反、選挙録への虚偽記入及び選挙事務従事者の選挙運動等の違反並びに過剰投票の存在等の各事実は、一環となって互いに関係し合って生じた現象とも解されるから選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合に当る」として右選挙を無効とした事例であるが、この事例は本件事案と異にするだけでなく、右原判決は最高裁判所第二小法廷昭和五一年(行ツ)第八〇号同八一号によって昭和五二年三月一一日破棄され、原審の選挙無効判決が取り消されたが(別紙添附の判決正本の写による)、右最高裁判所の判決の要旨は

(一) 原判決が原因不明の二票の過剰投票の存在を理由に、選管の選挙の執行に違法があったと推定した点について思うに、開票された投票総数が投票録に記載された投票者数より二票多いとしても、右不一致の原因としてはいろいろの場合が考えられるのであって、例えば、原判示のように二重投票等の不正投票が行われた可能性も否定しえないわけではないけれども、また、投票録の記載の誤り等単なる事務上の過誤による可能性も十分に考えられるのである。したがって、右の程度の投票総数と投票者総数との不一致が存することのみを理由として、原判決のように市選管の本件選挙の執行に違法の点があったものと推定することは早計にすぎるものというべきである。

(二) 原判決が市選管書記長である折井秀夫が、公職選挙法(以下法という。)一三六条に違反して選挙運動をしたことをもって法二〇五条一項にいう選挙の規定違反にあたると解した点について思うに、法二〇五条一項にいう選挙の規定違反とは、主として選挙管理の任にある機関が選挙の管理執行の手続に関する明文の規定に違反すること、又は直接右のような明文の規定には違反しなくても選挙の自由公正を著しく阻害するような選挙の管理執行が行われることを指すものと解すべきところ、選挙事務従事者等特定公務員の選挙運動を禁止した法一三六条は右選挙の管理執行の手続に関する規定にあたらず、また、原審確定の事実関係のもとにおいては折井のした選挙運動はいまだ本件選挙の自由公正を著しく阻害するものであるともいえないから、折井の右行為をもって法二〇五条一項にいう選挙の規定違反にあたるものと解することはできない。

(三) 原判決が使用済不在者投票用封筒の違法焼却の事実から、不在者投票手続に被上告人らの主張にかかる瑕疵の存在する蓋然性を認定した点について思うに、処分権主義ないし弁論主義の支配する民事訴訟においては、訴訟資料の蒐集と提出は第一次的に当事者の権限かつ責任とされているのであり、当事者は、自己の手中にある自己に不利益な証拠を訴訟においてみずから提出しなければならないものではないし、また、相手方がこれを訴訟に提出するについて常に必ずしも協力しなければならないものではない。―中略―原判示の立証妨害の効果に関する立論は、その要件において緩やかにすぎ、また、その効果において強力にすぎ、到底これを取ることができない。のみならず、本件事案においては、後述のように、本件使用済不在者投票用封筒の違法焼却は従前からの取扱に倣ってされたにすぎないものであるというのであるから、右使用済不在者投票用封筒が被上告人らの主張する不在者投票手続の瑕疵を立証する有力な証拠である等原判示の諸事情を考慮しても、いまだ右違法焼却をもって訴訟当事者間の信義則に反する行為であると解することはできない。それゆえ、これをもって右信義則に反するものであるとし、そのことから不在者投票手続に被上告人らの主張する瑕疵の存在する蓋然性を認定した原判決には、右の点において法律の解釈適用を誤ったか、又は経験則に違背して右の認定をした違法がある。

(四) 原判決が本件選挙における投票に関する書類の保存義務違反(すなわち、未使用投票用紙及び使用済不在者投票用封筒の違法焼却)、選挙録の虚偽記録及び選挙事務従事者の選挙運動の各選挙の規定違反の事実は、右各違反事実と不在者投票手続に被上告人等の主張にかかる瑕疵の存在する蓋然性、過剰投票の存在すること等の諸事情とを総合勘案すると、本件選挙の管理執行に際し個々別々に生じたものというよりは、一環となって互いに関連し合って生じた現象と解すべきであり、選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあるとして本件選挙を無効とした点について、原審の確定するところによれば、本件未使用投票用紙及び使用済不在者投票用封筒が違法に焼却廃棄されたのは、市選管においては従来の選挙においても選挙後まもなくこれを焼却廃棄する取扱いをしていたためこれに倣ってされたにすぎないというのであり、また、選挙録の虚偽記載も、開票された投票総数が投票録に記載された投票者総数よりも一九票多く、再点検しても右不一致の原因が判明しなかったため、候補者の当落に影響しない白紙投票の数を実数より一九票少なく選挙録に記載することによって右の不一致を糊塗しようとしてなされたものであり、しかも、右一九票中一七票については、後日、右不一致は投票録における投票者総数の記載の過誤(過少記載)によるものであることが判明したというのであり、更に、選挙事務従事者の選挙運動というのも、市選管書記長である折井秀夫が本件選挙の告示二日前に友人である訴外小笠原一二に対し矢部候補の運動員となるよう依頼したにとどまるというのである。以上のような各違反事実の具体的内容に即して考えれば、いかにこれらの事実と原判示のような過剰投票の存在その他の諸事情とを総合勘案しても、右の各違反事実は、いまだこれをもって原判決のように本件選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあるものと解することはできない。

(五) 本件選挙はいまだ無効とすべきものではなく、原審が本件選挙を無効としたのは法律の解釈適用を誤ったものであり、その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れず、被上告人らの本訴請求は失当として棄却されるべきである。

というものである。したがって被上告人らの主張する選挙の結果に異動を及ぼす虞れにつき、全体的考察をすべきとの見解は採用の限りではなく、個々の規定違反がそれぞれに選挙の結果に異動を及ぼす虞れがあるか否かという観点から考察すべきものである。

5 つぎに、原判決の指摘する開票事務の管理執行中、開票管理者谷内口選挙長に開票手続の根幹において誤りがあったとの点は(前記載第三点一、2記載の点)、要するに「開票管理者が開票総数と投票者総数が一致するか否かを票の点検に入る前に確かめ、一致しない場合にはその原因を明らかにしておくべきであった」との点、及び開票総数と投票者総数の点検を確認する前の「谷内口選挙長の安易な当選の宣言」をしたとの点に尽きるのであるが、前者については、そもそも投票の点検前に開票総数と投票者総数が合致するかどうかを調査すべきとの法上の明文規定もなく、またその懈怠が本件の場合選挙の結果に影響を及ぼす可能性がなく、また後者については間もなく取り消されたのであるから(原判決三二丁表)、選挙の結果に影響を及ぼす事由とはなり得ない。即ち原判決の指摘する右開票事務執行の違法とする事由が認められるにしても、その瑕疵の程度は原判決のいうような開票手続の根幹における誤りというようなものではなく、違法というよりは当を失した程度と見られ、仮に違法ありとしても選挙の結果に異動を及ぼす可能性が皆無であることが明らかである。

6 つぎに、原判決が指摘する開票事務管理執行中投票録審査に関する瑕疵については、選挙会場以外の場所で珠洲市選管が投票録等の点検を行い、保管していたことは、法の趣旨に反するといえるにしても、「投票の点検」とは、各投票につき、その効力を決定し、各候補者別に得票数を計算することをいうのであるところ、開票された投票用紙が、センター二階の選挙会場からセンター三階の投票録審査室に持ち込まれた事実はなく、選挙会場以外で投票の点検も行われていない。原判決もこの点については認めているところである(原判決三〇丁表)。珠洲市選管が、選挙会場以外の場所で、投票録等を点検したのは、センター二階の選挙会場が狭隘であったため、従来の例によりセンター三階で行ったものであり、また開票事務に関与する権限のない投票管理者職務代理者が投票録審査室に在室していたのは、原判決認定のとおり投票録の一部を補正させるためであったのであり、同人が選挙会場の開票事務につき公正を害するおそれのある言動に及び得ないことは明らかであるから、これらの処理は当を失したとの謗りは免れないものとしても、その処理が、違法で選挙の結果に異動を及ぼす虞ある事由とはなり得ない。況んや、原判決では「本件全証拠によるも本件選挙において偽造の投票用紙が混入したこと及び市選管関係者において投票の抜き取りが行われたことを認めるに足りない」(判決書二七丁表)と明白に認定しているのであるから、選挙の結果に異動を及ぼす虞ありとはなり得ない。このことは開票事務従事者以外の市職員が、開票所に故なく出入するのを看過放置していた瑕疵があったとしても同人らが開票所内において開票の公正を害するか、その虞れある言動に及んだことを認めるべき証拠がない以上、その立入の看過放置をもって開票の公正を著しく疑わせるものということができず、右により選挙の結果に異動を及ぼす虞のある違法があったということができないとする、本件と類似の事案につき、その違法性を否定した東京高等裁判所昭和五二年三月一三日判決(行政事件裁判例集三七巻三号三〇三頁以下)によっても明らかというべきである。

7 つぎに、原判決は「全不在者投票者数一七一三名の四〇パーセント強である六九二票に不在者投票の管理執行に関する瑕疵が存在すると認められること、及び林候補と樫田候補の得票差は九五八票であるとはいえ、各自の得票数における不在者投票の占める比率は、林候補において12.5パーセントであるのに対し、樫田候補においては6.5パーセントに過ぎないことを総合して判断すると、本件不在者投票が公職選挙法の理念に従って厳正に行われていれば、原子力発電所の誘致をめぐって住民が両陣営に分かれて激しく争った本件選挙では、選挙の結果につき、異なる結果の生じる可能性があった場合にあたると認められる。」というのである。しかし、前記第一点及び第二点で詳述の如く原判決が瑕疵ありと認めた不在者投票数六九二票中三二〇票については、これを無効票に参入すべきではなく、また両候補の得票差が「九五八票」というのは明白な誤りでその得票差が九七四票であることは前記のとおりであるが、仮に原判決説示のように「本件不在者投票が公職選挙法の理念に従って厳正に行われた」としても本件選挙の結果に異動を及ぼす虞れがない。

(一) いうまでもなく、選挙は各候補者が自己の所信を訴え有権者の支持を求めその得票を争い、法定得票数を得られる限り一票の差でも当選人は当選人であり、その得票率の多寡は問題とならず度外視されるという特色を有するものであり、候補者は一票をめぐって鎬をけずり戦うものである。したがって、原判決のいうとおり瑕疵ある不在者投票数が四〇パーセント強あったこと、不在者投票の占める比率が林候補が12.5パーセントであるのに対し樫田候補が6.5パーセントにすぎないとしても、両候補の得票差が九七四票で、前記第三点二で詳述したように瑕疵ある不在者投票は三七二票であり、仮に原判決認定のとおり瑕疵ある不在者投票が六九二票であったとしても、不在者投票の管理執行につき市選管が一方に偏した事実が認定されていないのであるから、原判決の指摘する計数パーセントが本件選挙の結果に異動を及ぼす虞れにつき有意のものと認める根拠とはなり得ず、これをもってその虞れあるという原判決には理由不備又は理由齟齬の違法ありというべきである。

(二) つぎに、原判決のいうように「本件不在者投票が公職選挙法の理念に従って厳正に行われておれば」原判決認定の不在者投票六九二票はすべて瑕疵ある不在者投票となるものではなく逆に殆ど瑕疵のない不在者投票となるべきものである。蓋し、原判決認定の六九二票の大部分は原判決のいうように不在者投票事由につき、口頭説明の欠缺を理由に瑕疵ある不在者投票とされたものであるが、前記第二点二、3、(五)詳述のとおり原判決認定の瑕疵ある不在者投票は口頭説明がなされておれば、おそらく現在の不在者投票管理執行実務の現状よりすれば、殆ど不在者投票の事由ありとして瑕疵なき不在者投票となり、かえって原判決で指摘する瑕疵ある不在者投票が激減することとなり、その結果本件選挙の結果に異動を及ぼす虞れなき結果となることになる。もっとも、口頭説明によっても不在者投票事由が認められず不在者投票が拒否されたとすれば、当該選挙人は選挙当日は旅行等のため選挙権を行使できないのであるから棄権し、選挙権を行使しないものと見ることが経験則に合致し、或いは棄権せず選挙当日選挙権を行使したとしても、不在者投票までして選挙権を行使しようとする意欲のある選挙人の投票行動は、不在者投票をしようとした期日と、選挙期日とでは俄かに投票行動が変化していないと見るべきが経験則に合致するものというべきである。この意味においても原判決のこの点に関する説示は理由不備又は理由齟齬の違法を犯しているものといわざるを得ない。

(三) つぎに、原判決は「原子力発電所の誘致をめぐって住民が両陣営に分かれて激しく争った」ことを理由に本件瑕疵ある不在者投票は選挙の結果に異動を及ぼす虞れがあるものの如く説示するのであるが、この説示によれば、樫田候補が林候補の得票数を上回る可能性があったということになる。本件選挙において原子力発電所の立地が争点となっていたことは事実であるが、この問題は本件選挙で初めて浮上した問題ではなく、珠洲原発の計画が公になってから当時で一八年も経過しており、少なくとも本件選挙より一〇年以上も前の一九八一年以来市長選挙、或は市議会選挙で争われていた問題であり(甲六二号一四頁、三五頁、六頁、四頁等)、珠洲原発問題は一〇年以上も前より、珠洲市民に広く膾灸していた事実である。従って原判決のいうように本件不在者投票の不在事由の審査につき厳重に行われたとしても、前記の如くその大部分は口頭説明により、瑕疵なき不在者投票となり、また不在者投票が拒否されたとすれば棄権するか、或は選挙期日に投票したとしてもその投票行動に異なる意思が表示される可能性が少ないというべきであるから、結局本件選挙の争点と厳正なる不在者投票管理執行による選挙人の投票結果との間に、差違を生ずるような因果関係を認めることができず、恰も因果関係があるような原判決の説示は経験法則に違背し、理由不備又は理由齟齬の違法ありといわざるを得ない。

(四) つぎに原判決が瑕疵ありと認定した不在者投票は六九二票であるところ、林候補と樫田候補の得票差は九七四票であることが明白である。従って当選人の得票数より右六九二票差し引いて見ても当落に異動を及ぼさないのであるから、この違法は選挙の結果に異動を及ぼす虞れがないのである。即ち、違法な不在者投票があった場合、選挙の結果に異動を及ぼす虞れがあるか否かは、その数を当選人の得票数から差引き、落選人の得票数と比較するだけで判断すべきである(最高裁判所第一小法廷昭和三八年一月三一日判決、最高裁判所民事判例集一七巻一号一一二頁)。

因みに、右事件の事実関係の要旨は「昭和三四年二月一日執行の神奈川県三浦市長選挙等において当選者の得票数は九〇一一票、次点者の得票数は八七六二票であってその得票差は二四九票であったが、不在者投票中一九六票を違法として、これを当選人の得票数から差し引いてみても選挙結果に異動を及ぼす虞れがなく、右違法な不在者投票を拒否したとしても、これらの選挙人が当日投票するかどうかは予期できず、右一九六票を落選人の得票数に加えて見る必要がない」という事案であり、本件と事実関係が同様の事案である。しかも、本件の場合前記のとおり不在者投票の管理執行が厳正に行われれば、いずれも口頭説明により有効な瑕疵なき不在者投票となったか、或は不適法な不在者投票として拒否されたとすれば棄権するか更に選挙当日投票したとしても投票意思が変化するものと思われないのであるから、いずれの点よりするも原判決の説示するところによっては、本件不在者投票管理の違法執行が本件選挙の結果に異動を及ぼす虞れがないものである。

(五) 原判決は、違法な不在者投票の数について「極めて慎重に認定判断してさえ―中略―…六九二票に不在者投票の管理執行に関する瑕疵が存在すると認められること」(原判決三三丁裏)として、あたかも六九二票が最小限の数で他にも瑕疵ある不在者投票があるかの如く説示しているが、一方で「原告らが別冊第一・一覧表において、不在者投票事由について請求者の口頭説明が必要である旨主張するその余の約三五〇票については、―中略―選挙規定の違反があったとまでは未だ認めることができない。」(原判決一八丁裏)として、その他の不在者投票の違法性を否定しており、他に原判決を熟読しても、原判決が瑕疵ありと認定した不在者投票六九二票以外に瑕疵ありと認定されたものはない。したがって認定しない事実に基づいて、本件選挙に異動を及ぼす虞があるが如きを説示することは著しい理由不備又は理由齟齬ありとの謗りを免れないというべきである。

以上詳述のとおり、原判決の指摘する本件選挙の規定に違反したという事実のいずれをとっても、本件選挙の結果に異動を及ぼす虞れがないのであるから、異動を及ぼす虞れありとして本件選挙を無効とした原判決は、理由不備又は理由齟齬の違法があるだけでなく、判決に影響を及ぼす経験則違背・採証法則違背、法二〇五条の解釈適用の誤りがあり、到底破棄を免れないものと確信する。

第四点 その他の理由不備の違法について

原判決は、被告の平成五年一一月二四日付本件裁決を全部取消したが、本件裁決主文一項は「別紙審査申立人目録一記載の審査申立人については、その審査申立てをいずれも却下する」というもので、その却下の理由は、その審査申立人らがいずれも本件選挙の選挙人又は候補者でないので、審査の申立人適格を欠くことにある(甲一二号)。したがって、原判決が本件裁決主文一項をも取消すのであれば、原判決がその理由、即ち本件裁決主文一項で審査申立人適格を欠くとした審査申立人らが、審査申立人適格を有することを認定しなければならないが、原判決はこの点について全く言及していないから、この点について原判決に理由不備の違法あることが明らかであり、原判決はこの点においても破棄を免れない。

よって原判決は以上いずれの点よりするも破棄を免れないので、原判決破棄の上更に相当なる判決を求めるため本件上告に及んだ。

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